40年以上も前のことです。初春のと或る日、私は当時の日本の国際空港羽田からスペインを目指して出発して行きました。
マドリッドを起点にしてバルセロナを巡る旅でした。
その頃私は舞台照明に関わる仕事をしていて、スペインバロック演劇に魅了されていました。
私はその風土世界を体験したくてスペインを目指したのです。持ち金が尽きたらすぐに帰って来るつもりでした。
私の搭乗したアリタリア航空機は香港、バンコクと順調に飛行を重ね、その日の深夜インドのカルカッタに着きました。
ここで事件が起きます。私たちが乗ったアリタリア航空機の給油中になんらかのトラブルが発生し、インド洋を超えてのフライトはとても考えられないとのことで出発は相当遅れそうでした。
現在と違って40年前には次のアリタリア航空機あるいは乗り換えのマドリッド行きの便には数日から一週間かかるのは当たり前で、私はトランジットの短期ビザを取って、とりあえずカルカッタに向かうことにしました。
深夜のカルカッタ空港の前にたむろするタクシーに機内で知り合った何人かの乗客と相乗りし、カルカッタ市内にあるYMCAを目指すことにしました。そこは安くて、しかも比較的安全ということでした。
私たちはむせかえるような暑さの中をカルカッタに向かったのです。
私にとってこの暑さはまさにカルチャーショックでした。暑いとはどういうことかを身をもって体験させられたのです。何もしなくてもジリジリ汗が出続けるのです。こんなことは日本ではあり得ないことでした。
あり得ないことはそれだけではありませんでした。
タクシーの運転手は街路灯も無い真っ暗な道をヘッドライトを点けずに走っていくのです。途中十字路があるとそこだけ点灯するのですが、それがすぎるとまた消して眼を皿のようにして前のめりになり前方を凝視しながらYMCA目指して疾走していくのでした。
到着したYMCAは砂岩で出来た重厚な建物でした。
思えば私はこの後インドを出るまで安宿にばかり泊まることになり、こんな立派な建物に泊まることは最早ありませんでした。
大和
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